『兵庫 篠山市篠山』 ~城下町の秋祭り~

「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.14
撮影日:2006年10月15日 Small Size
丹波篠山は400年の歴史を持つ城下町である。城を中心にして、その周辺に武家屋敷、さらにその外側の街道沿いに商人町が配置された町割りが、今でもそのまま残っている。
商家と武家屋敷の両方が残っているのが、いかにも城下町らしい。

「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.14
撮影日:2006年10月15日 Small Size
丹波篠山は400年の歴史を持つ城下町である。城を中心にして、その周辺に武家屋敷、さらにその外側の街道沿いに商人町が配置された町割りが、今でもそのまま残っている。
商家と武家屋敷の両方が残っているのが、いかにも城下町らしい。

「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.13
撮影日:2006年10月8日 Small Size
美山町は、豊かな緑と、清らかな水の流れを持つ自然美豊かな農山村地域である。
特に北集落は茅葺き民家が多く残っており、自然景観と、茅葺き民家がうまく調和して、日本の農村の原風景とも言うべき風情を呈している。

撮影日:2006年9月17日、18日 Small Size
大阪の阪堺電気軌道は、馬車鉄道が始まりである。
四天王寺と住吉大社への参詣客輸送を目的として、1900年に大阪馬車鉄道が天王寺西門前~東天下茶屋間を開業させた。南海鉄道合併後の1910年には電化して電車の運転を開始した。
1911年12月には恵美須町-堺の大小路間が開通し、大正元年にこの路線が浜寺まで開通した。
以前は平野までつなぐ平野線という路線もあったが廃線となり、現在は住吉公園-天王寺駅前間の上町線と、恵美須町-浜寺間の阪堺線の2路線が運行されている。
路面電車とはいえ路線の大半は専用軌道を走り、併用区間も堺市内だとセンターリザベーションによる車道分離整備が行われている。
全国で路面電車がどんどん廃線となり大阪でもこの阪堺電気軌道のみとなった現在、便利な交通手段として、貴重な文化遺産としてこの路線は、なんとか健全経営で後世に残したい鉄道である。

撮影日:2006年8月20日 Small Size
須磨海浜水族園に行った。
たまたまビデオカメラを持参していたので撮影したものを繋ぎ合わせただけです(^_^;

「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.12
撮影日:2006年8月13日 Small Size QuickTime
鈴鹿国定公園の南山麓に位置する「関」が歴史に登場するのは,古代日本三関の一つ「鈴鹿の関」が7世紀にこの地におかれてからで,これが地名の由来となり,古くから交通の要衝であった。
「壬申の乱」の舞台、「斎王群行の道」、一休禅師による「関地蔵開眼話」、さらには、本能寺の変における「家康伊賀越えの道」など街道にまつわる話は実に多い。
慶長6年(1601)徳川幕府が宿駅の制度を定めて以来、東海道五十三次第47番目、屈指の宿場として参勤交代の大名行列や伊勢詣りの旅人で大いに賑わいました。 天保14年(1843)の記録には、屋敷632軒、本陣2軒と脇本陣2軒、旅籠42軒酒食店99軒があったと記されている。

「重要伝統的建造物群保存地区」全シリーズ Small Size
「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズを始めて1年になります。
一周年記念として、「重伝建」シリーズを1作目より全てを連続して視聴できるようにしてみました。
長時間に及びますがBGVとしてご覧ください。

「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.11
撮影日:2006年6月4日 Small Size
五箇荘は琵琶湖の湖東平野のほぼ中央にあり、江戸中期頃から全国に店舗を展開する近江商人が現れた。古代条里制地割りを基本に形成された農村集落である金堂では、江戸時代後期から昭和前期にかけての近江商人の本宅群と伝統的な農家住宅が、寺社や周辺の水田とともにすぐれた歴史的景観を形成している。

「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.10
撮影日:2006年5月3日 Small Size
中山道に置かれた木曽11宿の一つで,馬籠宿から馬籠峠を越えて至る山間部の宿場。元は板葺きで,二階に手摺りをもつ旅籠屋形式の町家が連続する。昭和51年に妻籠は角館町(秋田県)、白川村(岐阜県)、京都市、萩市とともに初の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定された。

撮影日:2006年4月9日 Small Size
哲学の道とは、東山山麓の若王子橋から銀閣寺橋までの約2kmにわたる疎水べりの小道のことで、「日本の道百選」にも選ばれる散歩道である。近代を代表する哲学者の西田幾多郎がこの道を好んで散策したことから、いつ誰が言うともなく「哲学の道」と呼ばれるようになった。
春、桜の名所として知られており、疎水に沿うように桜が咲き並び、見事な桜のトンネルができる。また、カエデも何本か点在しており、春は桜、秋には紅葉と、四季を通じて道行く人の眼を楽しませてくれる。

「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.9
撮影日:2006年3月5日 Small Size
坂本は平安時代より延暦寺と密接な関係を保って発展した。中世には近江最大の都市として繁栄したが,近世に入り,門前町と里坊群が形成された。里坊の建築と庭園,穴太衆積みの石垣等が,緑深い樹木や清冽な水路等とともにすぐれた歴史的風致を維持している。

「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.8
撮影日:2006年01月15日 Small Size
今井町は奈良県北部に位置し,天文年間(1532~55)頃には称念寺の寺内町として誕生したと考えられています。江戸時代初期には東西600m、南北310m、 周囲には環壕(約3間)・土居を築き、9つの門がありました。戸数は1200・人口4千数百人を擁し「大和の金は今井に7分」 と言われるほど財力豊かな都市であったようです。内部の道路は敵の侵入に備え、屈折させて見通しがきかないようになっています。

「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.7
撮影日:2005年12月11日 Small Size
近江八幡は京都から東口へ通じる東海道,中山道,北国街道が集まる湖東平野の中央に発達した町で,近江商人の根拠地として繁栄した時代の瀟洒な主屋や土蔵等が多数現存する。特に大型町家と前庭の見越しの松が連続して並ぶ景観は圧巻である。

撮影日:2005年11月20日 Small Size
承和年間(834~847)に嵯峨天皇が慈覚大師を開祖として建立。釈迦如来と阿弥陀如来の2つの本尊が寺名の由来となった天台宗の名刹で、重要文化財の法然上人像がある。境内に続く参道はモミジの馬場と呼ばれる名所。

「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.6
撮影日:2005年11月13日 Small Size
祇園は祇園社をはじめとする鴨東の社寺や鴨川に接して開け,中世以来,庶民文化や芸能を育ててきたところであった。そして,江戸初期に完成した鴨川の築堤工事は,鴨東への市街地の拡大と遊興の地としての祇園の発展をさらにすすめていった。祇園は,祇園外六町に続いて,正徳2年(1712年),祇園内六町の茶屋街として,開発されたのがはじまりである。その後,江戸末期から明治にかけて芝居,芸能と結びついてますます繁栄し,今日に至っている。

「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.5
撮影日:2005年10月23日 Small Size
上賀茂は、上賀茂神社の神官が住居を構えた「社家町」であり、巡らされた塀と、門の前にかかる石橋が特徴的な景観である。上賀茂神社は、京都最古の神社の一つであり、本殿と権殿は国宝に指定されており、さらに全体が世界文化遺産に登録されている。

「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.4
撮影日:2005年10月16日 Small Size
神戸は、幕末に海外との貿易港として、神戸港が開港されたことによって発展した町である。明治時代には外国人の居留地が拡大し、特に北野町には、明治中期以降に本格的な洋館が多数建てられた。急斜面に異人館が集まる、日本を代表する洋館街の一つである。

撮影日:2005年10月9日 Small Size
大阪・奈良・和歌山の三県の境に位置し、西暦701年に修験道の開祖・役行者が開創され、後に弘法大師空海が真言宗の道場とした寺院である。

撮影日:2005年10月9日 Small Size
コスモスの名前の由来は、ギリシャ語で「飾る」とか「美しい」という意味を表します。別名は、アキザクラ。花言葉には、赤が調和、白が美麗、ピンクが少女の純潔と女性の心がくすぐられるが如く、群れ咲く花々を揺らして吹き抜ける風に「日本の秋」を感じさせます。
高野山は、およそ1200年前に、弘法大師によって開かれた、真言密教の修行道場であり、全国に広がる高野山真言宗の総本山です。標高およそ900m。

撮影日:2005年9月26日 Small Size
高さ333m(日本一)を誇る東京のシンボル「東京タワー」。展望台は「大展望台(150m)」と「特別展望台(250m)」の2箇所。

「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.3
撮影日:2005年9月18日 Small Size
富田林は都会に近く生き続ける江戸末期のまちである。永禄3年(1560年)西本願寺宗興正寺14世、証秀上人は、礼銭百貫文をもって、南河内地方の荒地を申し請けて興正寺を建立し、周囲に畑、屋敷、町割等をして名称を富田林とした。

「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.2
撮影日:2005年9月4日 Small Size
鳥居本は嵯峨野の最も奥にあたり、愛宕神社へ通じる愛宕街道に沿う町並みであり、室町末期頃、農林業や漁業を主体とした集落として開かれた。その後、江戸時代中期から明治・大正にかけて、愛宕街道沿いには農家、町家の他に、茶店なども建ち並ぶようになった。

「重要伝統的建造物群保存地区」シリーズ Vol.1
撮影日:2005年7月8日 Small Size
産寧坂付近は八坂神社・法観寺・清水寺などの門前町として発展した町で、むしこ造り町家に、住宅・社寺が混在して、京都の典型的な歴史的風致を形成している。このため、産寧坂から二年坂、高台寺門前にいたる南北600メートルが国の重伝建地区に選定されている。

撮影日:2005年7月21日 Small Size
京都でも有数の観光地。平安時代から室町初期に建造された寺院が趣深く、また伝統工芸の土産物も人気がある。
この作品の最後にEDIUS3 for HDV付属のトラジションのサンプルを紹介している。